つばきの毎日

18歳の日々

統合失調症、発症時のはなし③

今から話す話は、あくまで一例です。

全員が全員私のような症状なわけではないことを念頭においてください。

 

 

病院につくと、お医者さんに「一日だけ様子見で鍵かけるね」と言われ、個室に移りました。

 

入ったときは大丈夫だったのですが、数分経ってドアも窓も開かない、と気づいたときにパニックになってしまいました。「私はここで殺されるんだ」と思いました。

その時は、自分が精神病院にいるということを理解していませんでした。

 

私は出してもらおうと思い、大きい声で歌いました。

歌えばカギが開くと思ったのです。

 

二回くらい看護師さんが来ましたが、お茶をくれるだけで出してはくれませんでした。

 

寝れずにずっといろいろなことを考えていたら、朝になりました。

私は、「人類は野生に戻るんだ、服なんかいらない」と考えていたので、裸になりました。

 

その後、看護師さんに服を着させられ、昨夜会ったお医者さんと複数の看護師さんに囲まれて、「薬を飲みましょう」といわれました。

 

しかし私は警察署で、「あなたは薬物に依存しやすい」と言われていたので、薬物依存症にはなりたくない!と思い拒否しました。もちろん、私がその時飲むのを勧められた薬は、違法薬物ではありませんが、そんな単純なことも理解できない状態でした。

 

飲むのを拒否すると、看護師さん8人くらいに囲まれて、手足をつかまれ、どこかに運ばれていきました。必死に抵抗しましたがかなうはずはありません。

部屋に運ばれ、手足と胴体を拘束され、注射を打たれました。

 

この時の恐怖は今でもはっきりと覚えています。

でも、その時の私は、他人や自分を傷つけてしまう恐れがあったので、拘束は治療上仕方のないことだったのです。

 

注射の後は、あまり記憶がありません。

意識がもうろうとして、看護師さんが来て、「今が一番つらいけど頑張ってね」みたいなことを言われたのは覚えています。

 

ここからは、私の覚えている限りの話になるのですが、

気が付いたら点滴をうたれていました。

経管栄養といって、食事などができないときに点滴から栄養をとるものです。

 

しかしわたしは、「私の体に毒が入れられている!このまま殺されるんだ」と思い、手足が拘束されている中、口を使って点滴を取りました。

 

看護師さんがそれを見つけ、もう一度点滴をうって、私がまた取って、を3回くらい繰り返しました。壁には血が飛んでいました。

その日はあきらめました。もうどうにでもなれとおもいました。

 

わたしが連れていかれた部屋は、保護室という場所で、症状が重い人が入る部屋でした。

保護室は監視のため、部屋にカメラが付いていて、夜中もずっと電気がついています。

視覚過敏だったのでまぶしくて眠ることができませんでした。

 

夜は、「助けてー」と叫んだりずっとカメラに向かってしゃべっていました。

 

あとは、いろいろなことをしましたが、汚いので書けません。

 

いつからか食事が出されるようになりました。

わたしは、「食べないと死ぬ」と感じ、必死に食べました。

 

そんな私を見てお医者さんは喜んでいました。

 

保護室には時計がないので、時間がわかりません。

日付もわかりません。

でも、時は癒してくれます。

薬もいやいやながら飲むようになり、だんだん症状は落ち着いていきました。

 

 

 

長くなってしまいましたが、今回はこれで終わりです。

次回は入院生活について話したいと思います。